「宇宙の晴れ上がり」から最初の星が生まれるまでの約1億年、宇宙は文字通りの暗黒に包まれていました。実は、一見何もない時代に思えるこの「宇宙暗黒時代」は、暗黒物質や宇宙の始まりを解き明かす重要な手がかりが隠されており、宇宙最後のフロンティアとも呼ばれます。月からの電波観測で、その謎に迫ろうとする研究者たちの挑戦を紹介します。
ビッグバンから宇宙の晴れ上がり
いまから約138億年前、私たちの宇宙はとてつもなく高温かつ高圧な「火の玉」のような状態から始まったと考えられています。
これがいわゆる「ビッグバン」です。
ビッグバンによって膨張を始めた宇宙は急激に冷えていき、やがて水素やヘリウムといった軽い元素が誕生し、現在観測される「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」という微かな光を残してくれました。
CMBの存在は、ビッグバン理論の有力な証拠の一つとなり、現代宇宙論の土台を支えています。
このCMBが放たれたのは、宇宙が始まってから約38万年後。
138億年という宇宙時間で見ると、宇宙が赤ちゃんだった頃です。
それまでの宇宙は非常に高温で、電子が活発に動き回っていたため光が電子にぶつかりまっすぐ飛んでこられませんでしたが、温度が下がって電子が落ち着き、陽子と結合して中性水素を作るようになることで、一気に宇宙が「晴れ上がった」わけです。
私たちがCMBを観測できるようになったのは、その「宇宙の晴れ上がり」のおかげなのです。

真っ暗な宇宙の時代
では、この「宇宙の晴れ上がり」以降の宇宙はどうだったのでしょう?
実は、星も銀河もまだ存在しない「真っ暗」な時代が続きます。
ビッグバンで生まれた水素やヘリウムはすでにあったものの、宇宙を照らす星の光はどこにも見当たりません。
専門的にはこの時期を「宇宙暗黒時代」と呼びます。
暗黒時代という名前が示すとおり、文字通り光のない暗黒の宇宙が広がっていたのです。
水素やヘリウム、暗黒物質たちが主役となり、宇宙の晴れ上がりから約1億年から3億年程度をかけて、宇宙最初の星「ファーストスター」を作り、「宇宙の夜明け」が訪れます。
ちなみに、地球が誕生してから約8億年かけて原始的な生命が誕生したと言われているので、これは宇宙の晴れ上がり以降、ファーストスターができるまでの時間よりも長いです。
ビッグバン後にファーストスターが誕生する時間の長さよりも、地球上で生命が誕生する方が時間がかかるというのは何だか不思議な感じがします。
宇宙にファーストスターが誕生すると、宇宙に彩りと多様性が生まれて非常に面白くなるのですが、その辺りの話は次回の記事に譲るとして、今回は宇宙暗黒時代に焦点を当てて話します。
暗黒時代に潜む暗黒物質の手がかり

宇宙暗黒時代には、宇宙の大きな謎を解く鍵が潜んでいます。
というのも、この時代には「暗黒物質」が水素やヘリウムと並んで宇宙の主役となっていたからです。
電磁波で観測することのできない暗黒物質はまだ正体がわかっていませんが、重力の観点から見ると「確かにそこにある」としか言いようのない不思議な存在です。
「宇宙暗黒時代には星や銀河が存在しなかったので、そんなの調べて何が面白いの?」と思う読者の方もいるかもしれません。
しかし、星や銀河がなかった暗黒時代だからこそ、余計な天体物理的効果を取り除いて、この暗黒物質をより直接的に調べることができるのではないか、と期待されています。
暗黒物質には「密度のムラ(密度ゆらぎ)」があります。
密度が高いところは重力が強く、そこにどんどん暗黒物質が集まっていく様子は、まるで「資産運用でお金が雪だるま式に増えていく」ようです(!?)。
宇宙に星や銀河が生まれたのも、暗黒物質がより多く集まった場所にガスが集まってきたためです。

21cm線が語る宇宙の過去
面白いのは、暗黒物質の分布と水素ガスの分布が密接にリンクしている点です。
暗黒物質が多いところには水素ガスも引き寄せられます。
そして暗黒時代に存在した水素ガスは、波長21cmの電波(21cm線)を放射しているのです。
そこで、この21cm線の分布や強度を調べることで、暗黒物質の分布や性質を読み解こうとする研究が盛んに行われています。
暗黒物質が軽いのか重いのか、相互作用は強いのか弱いのか、といった情報が21cm線に刻まれているかもしれないのです。
さらに、暗黒物質のゆらぎがどこから生まれたかを辿っていくと、ビッグバンよりも前にあったかもしれない「インフレーション」という宇宙極初期の膨張時代へと行き着きます。
このインフレーションによって、微小な揺らぎの「タネ」が宇宙全体に仕込まれ、それがのちの星や銀河、最終的には私たち自身の存在へとつながったと考えられています。
つまり、暗黒物質と宇宙初期のインフレーションの痕跡が21cm線信号に記録されているかもしれないのです。

月からの観測で探る宇宙の謎

ただ、この宇宙暗黒時代の21cm線信号を地上からキャッチするのはとても難しい問題があります。
地球の大気上層部には電離層という層があり、低周波の電波はうまく地表まで届きません。
そこで、アメリカや中国、インド、そして日本も、月の裏側や月軌道上に望遠鏡を置いて観測しようという計画を検討しています。
まだ少し先の未来の話ですが、もし実現すれば、私たちは宇宙暗黒時代の声を直接聴けるかもしれません。
暗黒物質の謎や宇宙の始まりなど、宇宙の究極の謎の手掛かりが、月からの電波観測によって明らかにされる日が来るかもしれないのです。
こうして見るとと、ただ暗くて何もないように見える「宇宙暗黒時代」も、実は宇宙に残る謎を解き明かすためのヒントが存在しているのが分かります。
暗黒な宇宙ではその後、星が生まれ、銀河が生まれ、宇宙に光と多様性があふれる「夜明け」が訪れますが、この「静寂の夜」があったからこそ、私たちは暗黒物質や宇宙の始まりのドラマについて深く知ることができるのかもしれません。