ビッグバンの証拠を探る①:ヘリウムと宇宙背景放射

ビッグバン理論は宇宙の始まりを説明する最も有力な説として広く受け入れられていますが、その理論を素直に信じていいのでしょうか?平均気温が15度前後の地球に住む私たちにとって、「宇宙初期の温度が10億度だった」と聞いてもなかなか実感できません。科学哲学者カール・ポパーの「反証可能性」の視点から、ビッグバン理論の検証方法について考えてみましょう。この記事では、ヘリウムの質量存在比や宇宙背景放射の観測など、ビッグバン理論を支える証拠を詳しく見ていきます。

ビッグバン理論を素直に信じていいのか

前回の記事で、宇宙初期に起きたイベントである「ビッグバン」について紹介しました。詳しくは前回の記事の解説に譲りますが、ビッグバンについて簡単に説明すると、ビッグバンとは、「宇宙あらゆる場所が高温・高圧であり、水素やヘリウムなどの軽い元素が作られた宇宙初期の状態」を指しました。

bigbang

しかし、ちょっと考えてみて欲しいのですが、「初期宇宙が高温・高圧だった」と言われて、簡単に信じられるでしょうか?
平均気温が15度前後の地球に住む私達にとって、「宇宙初期の温度が10億度だった」と言われてもピンと来ない方もいるのではないでしょうか?
(ちなみに、私達にとって「熱い」存在の象徴である太陽の表面温度ですら約6000度です。)
感覚的には理解できないことでも、原理の上に論理を積み重ね、理論を築き上げることで説明することができるのが科学の醍醐味と言えます。

ところで、科学哲学者のカール・ポパーは科学の基本的条件として、「反証可能性」を挙げました。科学において重要なのはその理論が正しいか誤りかを検証することが可能ということです。
この立場に立つと、当然、ビッグバン理論も正しいか誤りかの検証をすることが可能でなければいけません。

では、ビッグバン理論はどの様な方法で検証されるべきなのでしょうか?

ヘリウムによるビッグバン理論の検証

ある理論を検証する際に用いられる方法として、「その理論が予言する内容を実験・観測によって確かめる」があります。
ビッグバン理論の場合、まず真っ先に思い浮かぶのはヘリウムの質量存在比です。
前回の記事で、ヘリウムは水素に対してその質量存在比が約0.25であることをビッグバン理論が予言することを紹介しました。
ということは、この事を実際に観測によって確かめることができれば、ビッグバン理論の信憑性は高まります。

ただし、星の中で起こる核融合反応によってもヘリウムが作られるので、現在の宇宙に存在するヘリウムはビッグバン時代に作られたヘリウムと、星の中で作られたヘリウムが入り混じっています。
ビッグバンの時に作られたヘリウムの存在量を調べるためには、星の中で作られたヘリウムとビッグバンの時に作られたヘリウムを分ける必要があります。

https://arxiv.org/abs/astro-ph/0009475 より

ヘリウム質量存在比の計測

たくさんの銀河の中のヘリウムと水素の質量存在比を調べたのが上のグラフです。

グラフの横軸は酸素の量となっており、縦軸がヘリウムと水素の質量存在比を表しています。
「ヘリウムの話をしているのに、何故、酸素の話?」と思うかもしれませんが、星の中で核融合反応が起こるとヘリウムだけではなく、酸素も作られます。
つまり、酸素の多い銀河は同時にヘリウムもたくさん作られているのです。
上のグラフでは右に行くほど酸素の量が多い(=星で作られたヘリウムの寄与からが大きい)のを表しています。

たくさんの銀河の中のヘリウムと水素の質量存在比のデータを調べてプロットしたのが上のグラフのデータ点です。
そのデータ点を説明できる直線を引いて、「酸素が存在しない(=星の核融合反応が起きておらず、星によるヘリウム生成が無い)」場合(O/H=0、グラフの切片)のヘリウムと水素の質量存在比を予測すると、大体0.24となります。
これは、ビッグバン理論が予言するヘリウムと水素の質量存在比0.25と近い値となっており、ビッグバン理論の信憑性を高めています。

ヘリウム観測によるビッグバンの検証は中々良さそうです。しかし、別の方法を用いてビッグバンを検証する方法もあります。
ここで今一度、ビッグバン理論についておさらいすると、ビッグバン時に水素が重水素を作り、重水素がヘリウムを作るというものでした。
しかし、「登場人物」は水素や、重水素、ヘリウムだけではありません。
よく見ると光子もいます。水素やヘリウムと比べると、光子は脇役に見えるかもしれませんが、実は光子もビッグバンの重要な「登場人物」なのです。

ビッグバン時の元素合成の反応
陽子(p)と中性子(n)の反応により重水素(D)が作られ、重水素からヘリウム(He)を作る

宇宙背景放射によるビッグバン理論の検証

さて、「ビッグバンはある1点で起きるのではなく、宇宙のいたる場所で起こる」ということは強調しても強調しきれないですが、宇宙のいたるところでビッグバンが起きるのなら、ビッグバン時の宇宙ではいたる場所に光子が存在しており、宇宙は光子で満たされていた事になります。
これがビッグバンが予言するもう一つの重要な現象である「宇宙背景放射」です。
宇宙背景放射はビッグバンの痕跡であり、もし、現在でも宇宙背景放射を観測することができればビッグバン理論をより強力に支えるものとなります。

宇宙背景放射の発見

そして、宇宙背景放射は思いがけない形で発見される事になります。
1964年、アメリカのベル電話研究所に勤めるペンジアスとウィルソンはアンテナの雑音を減らす研究の最中に、宇宙のいたる方向からやってくる雑音の存在に気づきました。
アンテナに付いた鳩の糞を除去するなど、雑音の正体を知るために徹底的な検証を行いました。
しかし、どうしても雑音の正体を突き止めることはできませんでした。

同時期、プリンストン大学のディッケらも宇宙背景放射を探しており、彼らのグループと協力して検証したところ、ペンジアスとウィルソンが捉えた雑音がまさに宇宙背景放射である事を確認しました。
この雑音が宇宙背景放射であると確認できたのは大きく2つの要素があります。

1つ目は、「宇宙いたるところからやってきたシグナルである点」です。ビッグバンは宇宙のいたる場所で起きていたので宇宙背景放射は宇宙のいたる場所からやってくると考えられますが、宇宙のいたる方向からやってくる雑音はまさにその性質を満たしています。

2つ目はちょっと難しいのですが、この雑音が「黒体放射だった」ことです。
黒体放射の話をしだすと、それだけで別の記事が書けてしまうのですが、宇宙背景放射は「黒体放射」と呼ばれる特別な放射になる事が理論的に予想されており、雑音のデータはまさに黒体放射の性質を満たしていたのです。

ビッグバンを支持する宇宙背景放射の性質

黒体放射の重要な性質として、「温度を知る事ができる」というのがあります。

宇宙背景放射が黒体放射である事を利用して、宇宙背景放射の温度を求めたところ約3K(約−270度)であることが分かりました。宇宙は時間とともに膨張していき、膨張と共に宇宙の温度は下がっていきます。
現在の宇宙背景放射が3Kであることから逆算すると、ビッグバン時の温度を求める事ができ、ビッグバン時の温度は約3000Kであることが分かりました。

これもビッグバン理論の予言と一致しており、ますますビッグバン理論が支持される様になりました。
こうして発見された宇宙背景放射ですが、その後、宇宙背景放射の観測は、宇宙論をより発展させることになっていきます。しかし、その話は次の記事で紹介したいと思います。

ちなみに、ペンジアスとウィルソンは宇宙背景放射観測の業績によって1978年にノーベル物理学賞を受賞しています。
また、当時ディッケの下で宇宙背景放射の理論的研究を行っていたピーブルスも宇宙論への理論的研究の貢献で2019年にノーベル物理学賞を受賞しています。

通信の研究を行っていた二人が思いがけず、宇宙背景放射を発見するというのはドラマチックですね。

ウィルソン(左)とペンジアス(右)、そして宇宙背景放射を観測したホーンタイプアンテナ
https://www.astronomy.com/science/remembering-arno-penzias-who-confirmed-the-origin-of-our-universe/

云南大学西南天文研究所副教授 / 天文学者
沖縄県出身。東北大学理学部卒。名古屋大学にて博士号(理学)取得。パリ天文台、清華大学でのポスドク研究員を経て、現在、云南大学西南天文研究所にて副教授。専門は観測的宇宙論。
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