前回、オランダでの研究生活とゲーム業界への就職についてお話しいただいた熊崎さん。最終回となる今回は、起業に至るまでの経緯と、現在の活動、そして次世代へのメッセージについてお伝えします。
ゲーム開発者としての経験
―― ゲーム会社での仕事はいかがでしたか?
「信じられないくらい忙しかったですが、とても充実していました。そして研究で培われた経験が、意外なところで活きました。例えば、プログラムのバグ修正。研究では『理論と観測のズレ』を徹底的に調べるのが日常でしたから、ゲームの不具合の原因特定がとても得意だったんです。ひとつの不具合の裏にある原因を、仮説を立てながら地道に探っていく。まさに研究と同じアプローチでした」
―― 研究職とは違う難しさもあったのでは?
「そうですね。研究室にいたときは、まわりのみんなと志や価値観が似ていて、コミュニケーションにこまることはほとんどありませんでした。ですが、仕事となると少し違います。
ゲームの場合だと、プランナー、デザイナー、プログラマーなど、異なる専門性を持つメンバーと協力してひとつのものを作り上げていく。その過程で、自分のアイデアを分かりやすく伝える力が求められました。でも、この経験は後の起業にとても活きています」
自動車産業での挑戦

―― その後、自動車関連の会社に移られましたよね。
「はい。実は、地元に戻って自動運転車の開発に携わりたいと思ったんです。それにゲーム開発に必要なスキルセットと、自動運転の開発に必要な技術は意外と似ているんです。使うプログラミング言語も同じですし、自動運転の動作検証を、ゲーム開発でも使うような物理シミュレーターの中で行うような技術も当時盛んに開発されていました。そこに研究の要素が加わるとまさに私がこれまで築いてきたすべてを総動員できる仕事だと思いました。」
―― そこでAIとの出会いがあったとか。
「そうなんです。当時、画像解析の領域でAI技術が急速に発展していて、私も副業として人工衛星の画像解析をするスタートアップでCTOのような仕事をさせていただいていました。その時のAIは、大量の学習データで学習させたモデルをブラックボックス的にしか扱っていないものが多かったのですが、そこにちゃんと被写体の物理的な特徴を考慮したり、画像以外のデータを組み合わせることで精度を上げることに成功していました。
原因をとことん追求して少しずつでも改善する。これって、まさに研究者がやっていることなんです。その面白さにどんどん引き込まれていきました」
起業への道のり

―― 2023年の起業を決意されたきっかけは?
「やはり、娘ができて『自分の好きなことを信じればこんなことまでできるぞ』ということを間近で見せたいという思いが強くなったことですね。科学技術が著しく発展し、5年先すら見通せないこの時代に信じられるのはそれぞれの個人がワクワクし夢中になれるものを見つけること。それを持っていれば、どんな未来が来たとしても時代に流されず生きていけると信じています。次世代の子どもたちがそれを見つけられるよう手伝うことこそが、自分にできる明るい未来を作る仕事だとおもったんです」
―― 現在の事業について教えていただけますか?
「大きく分けて3つの事業を展開しています。1つ目はこのサイエンスメディア・ガリレオの運営です。そして2つ目はサイエンスを題材にしたSTEM・プログラミング教室の運営です。教室では、子どもが自分の好きなものを見つけ、その得意分野をその子の個性になるレベルまで伸ばしてあげることを目標にしています。そして、その個性を伸ばした先に、ちゃんとキャリアがあるという例を、このメディアを通して伝え、安心して自分のワクワクに夢中になってもらえる、そんな世の中にできればとおもっています。
そして3つ目は、AIを使った企業のDXやソフトウェア開発の支援です。雑務と呼ばれる少しめんどくさい仕事をAIに任せ、社員の方が自分の強みを発揮できる業務に集中できるような仕組みづくりを中心に手伝わせてもらっています。」
次世代へのメッセージ
―― 最後に、研究者を目指す若い世代へメッセージをお願いします。
「大学で選んだ専攻で、今後の人生がすべて決まってしまうわけではないということは伝えておきたいです。それは博士課程まで進んだとしてもです。私自身、紆余曲折を経て今の道にたどり着きました。でも、『好き』を突き詰める過程で培った『物事を深く理解しようとする姿勢』や『新しいことに挑戦する勇気』は、どんな道に進んでも必ず活きてきます。
そして何より、自分の『好き』を大切にしてほしい。私の場合は、SFを読んだりゲームに夢中になっていた少年時代に、その原点があります。『なぜだろう』『もっと知りたい』という純粋な気持ちは、どんな困難も乗り越えていく原動力になります。
今は昔と違って、新しいことを学ぶハードルがぐっと下がっています。
でも、AIにはまだできない大切なことがあります。それは、異なる分野の知識を組み合わせて、新しい価値を生み出すこと。その人にしかできない独自の組み合わせを見つけることが、これからの時代を生きる上で重要になってくると思います」
宇宙の研究から起業まで、独自の道を歩んできた熊崎さん。その歩みの中で一貫していたのは、「知る喜び」と「伝える楽しさ」でした。その思いは、今も次世代への架け橋となって続いています。