重力波「GW230529」の解析で “正体が判然としない” 天体を発見

中性子星やブラックホールの質量を調べると、太陽の3倍から5倍の質量を持つコンパクト星が見つからないという謎があります。これを「質量ギャップ (Mass gap)」と呼びますが、なぜこのようなことが起きているのかは不明です。
重力波望遠鏡による研究を行っている3つの国際研究チーム「LIGO科学コラボレーション」、「Virgoコラボレーション」そして「KAGRAコラボレーション」は、コンパクト星同士の衝突で生じた重力波「GW230529」を分析したところ、片方が質量ギャップに位置することを突き止めました。重力波を通じて発見された質量ギャップに位置する天体はこれで2例目となります。

質量ギャップとは?

太陽の8倍以上の質量を持つ恒星は、「II型超新星」と呼ばれる爆発現象を起こし、劇的に寿命を終えます。
超新星爆発の中心部には、非常に小さいながらも重い天体である「コンパクト星」が残されます。
コンパクト星の種類や性質は、自分自身の重力で潰れるのを防いでいるかどうかで区別されます。
潰れずに大きさを保っている天体を「中性子星」と呼びます。
一方で重力に耐え切れずに無限に潰れてしまった天体を「ブラックホール」と呼びます。

中性子星やブラックホールは、これまで電波やX線などによる観測で直接的に発見され、質量が推定されています。
観測結果を集計すると興味深いことに、中性子星は太陽の質量の3倍未満のものしか見つからない一方、ブラックホールは太陽の質量の5倍以上のものしか見つからない、ということが分かります。

つまり、太陽質量の3倍から5倍の間には、コンパクト星が見つからない「質量ギャップ」が存在することになります。
質量ギャップの位置は、コンパクト星が中性子星となるかブラックホールとなるかの境界部を含んでいるため、実物の天体があるかどうかは重要です。
なぜこのような質量ギャップが生じるのかについては、単に観測バイアスである可能性から、実際に何らかの理由で質量ギャップ上のコンパクト星が形成されにくい可能性もあるため、天体物理学における大きな謎となっています。

重力波GW230529を分析

「重力波望遠鏡」は、この謎を解く大きな手がかりを提供するものとして期待されています。
非常に重い天体同士の衝突など、重力的に劇的な天文現象では、重力波と呼ばれる時空のさざ波が発生します。
重力波はあらゆる物体を貫通するため、コンパクト星の合体のように、電磁波の観測では決して見ることのできない高エネルギー現象の詳細を知ることができます。

図1: お互いに質量差が小さい、ブラックホールと中性子星の衝突のシミュレーション。
中性子星は潮汐力により細かく砕かれています。
(Image Credit: I. Markin, T. Dietrich, H. Pfeiffer & A. Buonanno)

重力波望遠鏡による研究を行っている3つの国際研究チーム「LIGO科学コラボレーション」、「Virgoコラボレーション」そして「KAGRAコラボレーション」は、2023年5月29日に観測された重力波「GW230529」に注目しました。
これは重力波望遠鏡「LIGO」のリビングストン観測所で捉えられました (残りの重力波望遠鏡は稼働してないか、感度の関係で検出できず) 。

GW230529の分析から、この重力波は地球から約6億5000万光年先での2つのコンパクト星の合体が発生源と推定されました。
衝突した2つのコンパクト星の質量は、軽い方が太陽の約1.4倍 (1.2倍から2.0倍) 、重い方が太陽の約3.6倍 (2.4倍から4.4倍) であることが分かりました。
軽いコンパクト星はその質量から中性子星であることが確定的ですが、問題は重いコンパクト星です。

図2: 今回分析された重力波GW230529の概況。
衝突した天体のうち、片方は質量が太陽の約3.6倍あり、質量ギャップに位置する天体となります。 (Image Credit: S. Galaudage (Observatoire de la Côte d’Azur) )

太陽の3.6倍という値は、ちょうど質量ギャップに位置するため、中性子星なのかブラックホールなのか正体が判然としない天体であることになります。
観測データからは、このコンパクト星がかなり重い中性子星なのか、それともかなり軽いブラックホールなのかを判断することはできません。

ただし、中性子星が曲がりなりにも物質であるため、物質の性質を理論的に計算する状態方程式 (EOS) によって、ブラックホールへと潰れない質量の上限値を推定することができます。
あまりにも高密度な物質である中性子星の状態方程式は未完成であるため、はっきりとしたことは言えませんが、今のところ太陽の3.6倍という値からは、重いコンパクト星がブラックホールであることを示唆しています。

質量ギャップと重力波の関連は2例目

図3: 今回見つかった質量ギャップに位置する天体は、重力波を通じて見つかったものとしては2例目となります。
(Image Credit: S. Galaudage (Observatoire de la Côte d’Azur) )

重力波の観測が始まってもうすぐ10年となりますが、GW230529のように質量ギャップの近辺に存在する天体由来の重力波は、今のところ2019年8月14日に観測された「GW190814」のみであり、極めて珍しい現象です。
しかも、GW190814はかなり重いブラックホール (太陽の23.2倍) と質量ギャップに存在する重い中性子星 (太陽の2.59倍) であると推定されていることから、GW230529とは真逆の関係であると言えます。
両方のパターンの観測結果が揃っていることは、質量ギャップに存在する天体の研究をする上で重要です。

重力波の観測回数はもうすぐ100回に到達しそうですが、質量ギャップ上のコンパクト星に由来する重力波は今回でわずか2回目です。
近年では重力波以外の観測手段でも質量ギャップ上のコンパクト星が見つかるようになってきましたが、これもまだ少数の報告に留まります。
現時点では確定的には言えないものの、質量ギャップは観測バイアスではなく実際に存在し、生成を妨げる物理的な制約があることを示唆しています。


参考文献

・The LIGO Scientific Collaboration, the Virgo Collaboration & the KAGRA Collaboration. “Observation of Gravitational Waves from the Coalescence of a 2.5–4.5 M Compact Object and a Neutron Star”. The Astrophysical Journal Letters, 2024; 970 (2) L34. DOI: 10.3847/2041-8213/ad5beb

・LIGO-Virgo-KAGRA Collaboration. (Arp 5, 2024) “LIGO-Virgo-KAGRA (LVK) Collaboration Detected a Remarkable Gravitational-Wave Signal”. LIGO Laboratory.

・LIGO Scientific Collaboration & Virgo Collaboration. “GW190814: Gravitational Waves from the Coalescence of a 23 Solar Mass Black Hole with a 2.6 Solar Mass Compact Object”. The Astrophysical Journal Letters, 2020; 896 (2) L44. DOI: 10.3847/2041-8213/ab960f

・Ewan D. Barr, et al.A pulsar in a binary with a compact object in the mass gap between neutron stars and black holes”. Science, 2024; 383 (6680) 275-279. DOI: 10.1126/science.adg3005

バーチャルサイエンスライター
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