宇宙の膨張速度であるハッブル定数は、宇宙の進化を理解するための基本的なパラメーターの1つです。
しかし、さまざまな独立した指標で測定された値と、ビッグバンの残光である宇宙マイクロ波背景放射から予測された値との間には大きな食い違いがあり、それは「ハッブル・テンション」と呼ばれています。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測は、ハッブル宇宙望遠鏡の観測結果が正しかったことを裏付ける結果をもたらしました。
宇宙膨張速度の「食い違い」
138億年前のビッグバン以降、宇宙は膨張を続けています。
ハッブル定数と呼ばれるこの宇宙の膨張速度は、宇宙の発展を知るうえで非常に重要なパラメータであり、宇宙年齢や今後の宇宙がどのような結末を迎えるのかを予測するのに必要なものです。
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このハッブル定数を測定する方法として、宇宙マイクロ波背景放射の観測データと宇宙論モデルを組み合わせ、宇宙膨張の歴史から求める方法と、現在の宇宙に存在する銀河や銀河団との距離と後退速度の関係性から推定する方法があります。
宇宙マイクロ波背景放射の観測は、COBE衛星、WMAP衛星、プランク衛星などによって非常に高い精度で観測され、膨張速度は67km/s/Mpcとの値が推定されていますが、この値は後退速度から求められた値は73km/s/Mpcと大きな違いがあることが知られており、これは「ハッブル・テンション」と呼ばれています。
この食い違いは、ハッブル宇宙望遠鏡による観測誤差が原因であると考えられていましたが、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の登場により、ハッブル宇宙望遠鏡の観測結果を検証できるようになりました。
JWSTによる追試験
ノーベル賞受賞者でもあるAdam Riess氏らのチームは、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を使用して、1000個以上のセファイド変光星の高解像度観測を行いました。
この数は、これまでの研究より遥かに多く、ハッブル宇宙望遠鏡で観測されたことのあるセファイド変光星の追試だけではなく、統計的誤差を抑えるのにも役立ちます。
分析の結果、ハッブル宇宙望遠鏡による観測結果との違いはほとんどなかったことが示されました。
これにより、ハッブル宇宙望遠鏡の測定誤差が原因であるという可能性は低くなったことになります。
宇宙の謎解明に向けた次なる一歩
膨張速度の観測値が、他の推定値と矛盾をはらんだことはこれが最初ではありません。
ハッブルが最初に求めたハッブル定数は、約500km/s/Mpcと非常に大きく、宇宙年齢に換算すると20億年しかありませんでした。これは当時推定されていた地球の年齢よりも宇宙の年齢が若いという矛盾を生んでいました。
これは、後に恒星に種族があることがわかり、変光星の光度の推定モデルが見直されることで解決しました。
また、1990年代に見積もられたハッブル定数は70〜90km/s/Mpc、宇宙年齢は110億歳から140億歳という値を得ましたが、これは球状星団で見つかった最も古い星の年齢が宇宙年齢を超えてしまうという矛盾を生みました。この矛盾は、宇宙の加速膨張の発見により解決しました。
このように、宇宙モデルや分析手法の画期的な見直しによって、矛盾が解決されてきた過去があることを考えると、今回の矛盾もどのような画期的な発見によって正されるのかが楽しみです。
NASAの次期ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡やESAの最近打ち上げられたユークリッド・ミッションなど、他の観測プロジェクトがこの謎を解明してくれるかもしれません。
参考記事
Webb & Hubble confirm Universe’s expansion rate
https://www.esa.int/Science_Exploration/Space_Science/Webb/Webb_Hubble_confirm_Universe_s_expansion_rate
Webb and Hubble telescopes affirm Universe’s expansion rate, puzzle persists
https://esawebb.org/news/weic2408/
JWST Observations Reject Unrecognized Crowding of Cepheid Photometry as an Explanation for the Hubble Tension at 8σ Confidence
https://iopscience.iop.org/article/10.3847/2041-8213/ad1ddd
ハッブル定数の緊張
https://astro-dic.jp/hubble-tension/