木星大気は暗黒物質 “検出器” になるかもしれない? 過剰なプロトン化水素を発見

宇宙には未知の重力源があり、それは普通の物質の5倍以上もある「暗黒物質」が担っていると推定されていますが、暗黒物質は未だに発見されておらず、正体も分かっていません。発見困難な暗黒物質を見つける手段の1つとして、暗黒物質と普通の物質とのごくわずかな相互作用で生じる信号を見つけるという探索方法が考案されています。

プリンストン大学のCarlos Blanco氏とSLAC国立加速器研究所のRebecca K. Leane氏の研究チームは、強い重力を持つ「木星」が暗黒物質を引き寄せるため、大気との相互作用で赤外線が放射され、「プロトン化水素 (H3+)」と呼ばれるイオンが生成されるのではないかと予測しました。そこで土星探査機「カッシーニ」が取得したデータを分析したところ、木星の夜側で赤外線による放射と、他の理由では説明のつかない過剰なプロトン化水素を発見した、と主張しました。

もちろんこれだけでは、暗黒物質の存在を実証できたとは言えません。しかし両氏の主張が正しい場合、木星より重い太陽系外惑星は更なる過剰な赤外線の放射が見つかるはずであり、それは将来的に望遠鏡で観測できるようになるかもしれません。

図: 木星大気の上層では、太陽光やオーロラの影響でプロトン化水素と呼ばれるイオンが発生します。
それらが当たらない木星の夜側の赤道付近ではプロトン化水素が少ないはずであり、もし過剰な量が見つかれば暗黒物質の影響で発生したのかもしれません。
Image Credit: Carlos Blanco & Rebecca K. Leane

宇宙の物質の大半を構成する謎の「暗黒物質」

重力は天体の構造を繋ぎとめ、光の経路を曲げるなど、宇宙において基本的かつ重要な力です。
しかし詳細な観測ができるようになると、宇宙には未知の重力源が無ければ説明のつかない現象がたくさんあることが明らかにされました。
計算上、この未知の重力源は、私たちが知る物質より5倍も多くなければなりません。
しかしその物質は、光などの電磁波を放射も反射もしないため、重力以外の手段で存在を知ることができません。
この未知の物質は「暗黒物質」と呼ばれています。

暗黒物質の正体については多くの議論があり、単に見えにくいだけの普通の物質という説もあれば、全く未知の素粒子 (または複合粒子) 、あるいは別の宇宙から重力だけが染み出しているだけであるとするなど、実に多種多様な仮説があります。
ただし多くの物理学者は、暗黒物質の正体を、現在の理論の枠組みでは予言されていない未知の素粒子であると考えています。

多くの物理学者は、未知の素粒子は非常に軽いもののゼロではない質量を持ち、重力以外の力では普通の物質とほとんど相互作用しないものと想定しています。
ただしほとんどしないと言っても、全く相互作用しないわけではないため、暗黒物質がたくさん集まるような場所では無視できない相互作用が発生すると想定されます。
このため、このわずかな相互作用で発生する、他では説明のつかない現象を探索しています。

木星大気に暗黒物質を示唆するシグナルを発見

Blanco氏とLeane氏の研究チームは、暗黒物質の “検出器” として木星が使えるのではないかと考え、観測データの分析を行いました。
木星は重力が強いため、周辺と比べて大量の暗黒物質を引き寄せ、暗黒物質は木星上空の大気分子と衝突すると考えられます。

両氏は、NASAとESAの土星探査機「カッシーニ」の観測データを分析し、暗黒物質と木星大気との衝突の証拠を探索しました。
カッシーニは土星探査機ですが、スイングバイで速度を上げるために木星に立ち寄っており、その際に木星の大気を含む接近観測を実行しています。

両氏が着目したのは、木星の夜側、特に赤道付近のデータです。
木星の大気と衝突した暗黒物質は、理論的には赤外線を放射し、中性水素分子をイオン化して「プロトン化水素」と呼ばれるイオンを生成します。
これらはいずれも、太陽光が当たる昼間側、およびオーロラが発生している両極付近では、いずれも紫外線の作用によって大量に生成されるため、暗黒物質との区別が困難です。
しかし太陽光やオーロラの影響が少ない夜側の赤道付近で過剰な赤外線やプロトン化水素が見つかれば、それは暗黒物質である可能性が出てきます。

両氏は、木星の夜側で過剰な赤外線とプロトン化水素の発生があることを示しました。
特にプロトン化水素については、他の発生源である宇宙線、恒星からの極端紫外線、木星の雷や磁場の影響も検討しましたが、その発生量を説明することができないという結論に達しました。
説明のつかないプロトン化水素は、暗黒物質との衝突で発生したかもしれません。

結論を出すには更なる観測が必要

とはいえ、今回の研究はあくまで短い観測データの分析から得られた示唆レベルの話です。
木星大気が暗黒物質の検出に使えるかもしれないというアイデアは興味深いものの、実際に暗黒物質の影響で発生したか否かを決定するにはまだ多くのデータが不足しています。
特に、本当に暗黒物質以外ではプロトン化水素の発生を説明できないのか、という点には議論の余地があります。

両氏は、より重力が強い木星より大きな太陽系外惑星では、さらに多くの暗黒物質を集めるため、このような現象がより強く発生すると予測しています。
その場合、ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡のような、より優れた次世代の望遠鏡がその手掛かりを与えてくれるかもしれません。


参考文献

バーチャルサイエンスライター
「バーチャルサイエンスライター」として、サイエンス系の最新研究成果やその他の話題に関する解説記事をTwitter、YouTube、さまざまなメディアに寄稿しています。 得意なのは天文学ですが、サイエンス系と名が付けばいろんな話題を幅広く解説しています。
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