銀河って何?③〜ダークマターとの関わりとその正体にせまる〜

銀河を取り巻く最大の謎、それがダークマター(暗黒物質)です。銀河の回転運動から重力レンズ効果まで、その存在を示す証拠は次々と発見されてきました。しかし、宇宙の総質量の27%を占めるとされるこの謎の物質の正体は、現代の科学をもってしても解明されていません。本記事では、ダークマターの発見の歴史から最新の研究による候補物質まで、私たちの宇宙を支配する”見えない物質”の全貌に迫ります。

ダークマターとは

ダークマター(暗黒物質)は、宇宙空間に存在することは確かだとされていますが、その正体がわからない不思議な物質です。
「暗黒」というと何となく邪悪なイメージを持たれるかもしれませんが、もともとは「暗すぎて観測できない(dark)」という意味からダークマターと名づけられました。
ダークマターは光はおろか電波から、赤外線、紫外線、X線、ガンマ線、……、あらゆる観測手段を総動員してもまったく見えず、ただ質量を持つ何ものかであることしかわかっていません。

ダークマターの発見

銀河の回転曲線

ダークマターの存在が示唆されるきっかけとなったのは、銀河の「フラットな回転曲線」の発見でした。

そもそも、銀河が回転していることが確かめられたのは1914年のことです。
スライファーがアンドロメダ銀河のスペクトル線を検出したことを皮切りに、同年ウォルフがM81銀河のスペクトル線にドップラー効果を見出し、銀河が回転していることが明らかになりました。
さらに、運動の法則を用いることで銀河内の半径ごとの回転速度の変化を調べれば、その質量分布を推定できることがわかりました。

このように銀河のさまざまな半径における回転速度をプロットしたグラフを「回転曲線」と呼びます。
しかし、こうして得られた結果によると銀河の回転速度が半径に依存せず、ほぼ一定「フラット」であることがわかりました (図1)。

図1:銀河の回転曲線。予想では回転速度が落ちるとされていたが実際には速度が一定であった。

重力と遠心力が釣り合っている仮定のもとでは、フラットな回転曲線は銀河の質量が半径に比例して増大していることを意味しています。
しかし、可視光や電波で観測される星やガスの分布だけでは、そこまでの質量増加を説明することができません。

図2:様々な銀河の回転曲線。左から銀河の写真、電離ガスの輝線スペクトル、回転曲線。
出典:シリーズ現代の天文学第4巻、谷口義明、岡村定矩、祖父江義明編「銀河Ⅰ」第2版図2.1(原図:Rubin1983, Science, 220,1339)

この矛盾を解決するために、1980年代にヴェラ・ルービンらは、銀河の外側に大量の目に見えない質量が存在すると仮定しました。
この未知の物質は「ダークマター」と呼ばれ、その分布は「ダークマターハロー」として銀河全体を包み込んでいると考えられました。
このように、銀河進化を説明するためにはダークマターは欠かせない存在なのです。

重力レンズ効果

「重力レンズ」と呼ばれる現象もダークマターの存在を決定的に示したものです。
一般相対性理論によると、強い重力を持つ天体の周囲では空間が歪み、その影響で光の進む道も曲がります。
そのため、大質量の銀河団のような天体の周りでは、光が迂回するように進み、本来1つの天体が複数に見えたり、ゆがんで見えたりする「重力レンズ効果」が起こると予言されていました (図3)。

図3:重力レンズ効果の概念図  
出典:天文学辞典(https://astro-dic.jp/gravitational-lensing/)

その後、1979年に初めて重力レンズが観測され、それ以降、多くの重力レンズが発見されました。
研究者たちがレンズ効果をもたらす銀河の質量を計算したところ、観測される星やガスの量だけでは説明がつかないほど、大きな重力が働いていることがわかりました
つまり、その銀河には、私たちには見えない未知の質量、すなわちダークマターが存在することが証明されたのです。

宇宙マイクロ波背景放射

最後に、ダークマターの存在を裏付けるもう一つの重要な証拠が「宇宙マイクロ波背景放射」です。

図4:WMAPによって観測された宇宙マイクロ波背景放射(出典:NASA/lambda archive team)

宇宙が誕生した直後は、超高温(約3000K)の光と物質が満ちていましたが、時間とともに宇宙が膨張し、その光は冷えて現在では約3K(マイナス270℃)のマイクロ波として宇宙全体に広がっています。
これを「宇宙マイクロ波背景放射」と呼びます (図4)。

1989年、NASAのCOBE衛星によってこの宇宙背景放射が精密に観測され、その後の研究で、背景放射の温度にわずかな「むら(ゆらぎ)」があることが判明しました。
この温度のむらは、ダークマターによる重力の影響で生じたものだと考えられています。

さらに、宇宙背景放射の解析から、宇宙全体の組成も明らかになりました。
その結果、私たちが知っている通常の物質は宇宙全体のわずか5%しかなく、残りの27%がダークマター、そして68%が「ダークエネルギー」と呼ばれるさらに謎の存在であることがわかりました。
つまり、私たちの目に見える物質よりも、5倍以上の量のダークマターが宇宙に存在しているのです

新素粒子か

ダークマターが存在するとすれば、次にその正体はなんなのかということが問題となります。

結論からいうとダークマターの実体は残念ながら不明です。
これまでに既知な物質で説明しようと様々なアイデアが提案されましたが、いずれも失敗に終わりました。

例えば、

  • 低温のダスト(固体微粒子)はどうか?
    → ダストは赤外線で観測ができるため考えられません。
  • 宇宙を飛び交っている素粒子の一つであるニュートリノはどうか?
    → ニュートリノの質量を求めても回転曲線を説明するにはとても足りません。
  • 光も脱出できないブラックホールでは?
    → 天体由来のブラックホールでは、ブラックホールに降着する星間ガスがX線や電波を出して明るく輝いてしまいます。

そこで最も有力視されている考えは、ダークマターが新種の素粒子ではなかろうかというものです。
その中でも特に注目されているのが、「WIMP(ウィンプ)」と呼ばれる理論上の粒子です。
WIMPは「Weakly Interacting Massive Particle」の略で、日本語では「弱く相互作用する質量のある粒子」と訳されます。

WIMPがダークマターの候補とされる理由は、原子と同程度の質量を持ちつつ、相互作用が極めて弱く、電荷を持たない中性の性質を持つと考えられているからです。
また、宇宙の初期に誕生し、現在まで安定して存在し続けていると推測されています。

もう一つの有力な候補が、「AXION(アクシオン)」と呼ばれる未発見の素粒子です。
アクシオンは、素粒子物理学の別の問題を解決するために理論的に提唱されたもので、WIMPとは異なり、非常に軽い粒子ですが、宇宙全体に大量に存在している可能性があります。そのため、アクシオンもダークマターの正体である可能性が指摘されています。

しかし、WIMPもアクシオンもまだ理論上の存在に過ぎず、本当にダークマターであるかどうかは確認されていません。
もしかすると、ダークマターはWIMPかアクシオンのどちらかかもしれませんし、両方が関与している可能性もあります。
あるいは、まったく別の未知の粒子がその正体なのかもしれません。

今後の研究によって、ダークマターの謎が解き明かされることが期待されています。


参考文献

  • 銀河物理学入門-銀河の形成と宇宙進化の謎を解く- 
    著者:祖父江義明
    講談社
  • ダークマターと銀河宇宙
    著者:須藤靖
    九善
  • シリーズ現代の天文学第4巻「銀河Ⅰ-銀河と宇宙の階層構造」
    谷口義明、岡村定矩、祖父江義明編
    日本評論社

名古屋大学大学院 修士1年
横浜市出身。専門は銀河進化学。現在は、観測データやシミュレーションデータを使って銀河の星形成史の研究をしている。焼肉が好き。
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